実力派メゾン“ヴェンペ”
ドイツクロノメーター試験機関を開設した
実力派メゾン“ヴェンペ”。
ヴェンペは、1878年創業と実に130年以上もの歴史をもち、いまではドイツ国内のみならずヨーロッパやアメリカを中心に30店鋪を展開するなど、世界的にも知られる老舗の高級時計宝飾店である。そんなヴェンペが自社ブランドを立ち上げて本格的に時計メーカーとしてスタートしたのが2006年のことだ。時計メーカーとしてはまだ歴史の浅いヴェンペだが、その出自を辿っていくと意外にも時計との関わりはかなり古い。実のところ第2次世界大戦でドイツが敗戦するまでは、当時、船の位置を正確に読み取るために必要不可欠だった船舶用の時計“マリンクロノメーター”の製造メーカーだったのだ。ヴェンペが時計メーカーとして新たにスタートするにあたって、製造拠点にグラスヒュッテを選んだ背景には、実はこのことが大きく関係している。
創業者であるヘルベルト・ヴェンペは、1905年に当時ドイツ海洋気象台が置かれていたハンブルグに〝ヴェンペ・クロノメーター製作所〟を開設。その技術力の高さは、後にドイツ海軍の装備品として制式に採用されたほどであった。第1次大戦時、マリンクロノメーターの主流はイギリス製だった。しかし当時はドイツとイギリスとの関係が悪化していたこともあって、ヴェンペ製マリンクロノメーターの生産は順調に拡大。そして1937年、生産量を増やすために2番目の工房を置いたのがグラスヒュッテなのである。そして、その地で関係を深めたのが、高級腕時計メーカーとして知られるA.ランゲ&ゾーネの創始者アドルフ・ランゲの孫、オットー・ランゲであった。共同で若手時計師の育成など時計産業の発展に務めるも、次第に戦時色が強まるなか状況は一変。マリンクロノメーター製造は軍の管轄下に置かれ、敗戦を迎える。
戦後は、ハンブルグにおいて時計宝飾店として存続を続けたヴェンペは着実に業績を延ばし世界に店舗網を広げる。こうして成功を納めたヴェンペは、1950年にオリジナルウオッチとしてツアイトマイスターをリリース。東西ドイツ統一後、ドイツの時計メーカーが相次ぎ再建されるなか、それまでクロノメーターの限定モデルやパイロットウオッチ、クロノグラフなど数々の少数限定生産モデルを製作してきたヴェンペも、自社製品の開発に着手する。そして2006年、当時廃墟と化していたかつてのグラスヒュッテ天文台を買い取り完全に再建。同地に製造拠点を移し、時計メーカーとしてのヴェンペを本格的にスタートさせたのだった。加えて、悲願だったドイツ初のクロノメーター検定機関の設置も実現させ、同工房内にその検定試験場を併設している。
現在は、10万円台からラインナップする良心的な価格設定の“ツァイトマイスター”と自社ムーヴメントを搭載するハイエンドライン“クロノメーターヴェルケ”の二つのコレクションを展開。そして、ブランド設立から10年目の2016年には、3年の歳月を費やして開発した完全自社製の自動巻きムーヴメント、CW4を完成させた。ショップブランドからマニュファクチュールメーカーへ。わずか10年足らずにしてドイツ時計産業を牽引する実力派メーカーのひとつに数えられるほどに成長を遂げたのである。(文◎菊地吉正)
2018.04.01 UPDATE