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A.ランゲ&ゾーネ 時計師インタビュー

ランゲ時計師のロバート・ホフマン

 

時計師が語る新作トリプルスプリットの実力

 2004年、A.ランゲ&ゾーネは複雑機構のひとつであるスプリットセコンド・クロノグラフに革新をもたらした。通常、クロノグラフ秒針にのみしか備えられていないラトラパンテ針(スプリットセコンド針)を、30分積算計にも備え、分単位でラップタイム計測も可能にしたダブルスプリットを発表したのである。
 発表からすでに10年以上が経つが、筆者の知る限り、ダブルスプリットよりも優れた実用性と革新性を併せ持ったスプリットセコンド・クロノグラフは存在していなかった。
 
 ただし、それは2017年までは、だ。
 18年、A.ランゲ&ゾーネはこのダブルスプリットの進化版となる大作、トリプルスプリットを完成させたのである。
 

トリプルスプリット
2018年に発表された大作、トリプルスプリット

 
 最大の特徴は、12時間積算計が追加され、これにもラトラパンテ針を装備した点。つまりダブルスプリットが打ち立てた計測時間の記録を凌駕する、12時間という長時間のラップタイム計測が行えるようになったのである。18年4月。新作披露のため来日した時計師のロバート・ホフマン氏に、新作について話しをうかがった。
 
「ダブルスプリットに搭載したCal.L001.1は、愛好家から、外観上も構造も理想的で唯一無二のムーヴメントだと称賛されました。そして発売から10年以上が経過してなお、これを超えるものはありませんでした。そこで我々自身がダブルスプリットを超えるスプリットセコンド・クロノグラフを新たに開発しようと思い至ったのです。そうして、12時間までのラップ計測が可能なトリプルスプリットが誕生したわけです。新たに12時間積算計を追加するスペースを捻出するため、ムーヴメントの設計はゼロから作り直す必要がありました。パーツ点数はL001.1では465点だったのに対して、新規のL132.1では567点にまで増えています。
 また、L132.1ではゼンマイや香箱の改善によって、パワーリザーブも従来の38時間から55時間へと延長しています。ただ、一方でサイズは大きくしたくなかったため、直径はL001.1と同じ30.6㎜、ケースの厚みは0.3㎜増えていますが、ムーヴメント自体は0.1㎜の薄型化にも成功しています。サイズを変えずにパワーリザーブを延長するのは、実は非常に難しいのです」
 

トリプルスプリットの正面
トリプルスプリット。Ref.424.038F。ホワイトゴールドケース。ケース径43.2㎜(15.6㎜厚)。日常生活防水。手巻き(Cal.L132.1)。世界限定100本。13万9000ユーロ(参考予価/※ドイツVAT税込)
ダブルスプリットの正面
ダブルスプリット。Ref.404.032。ピンクゴールドケース。ケース径43.2㎜(15.3㎜厚)。日常生活防水。手巻き(Cal.L001.1)。生産終了

 

革新的機構の肝となる特許技術

 
 今作、トリプルスプリット開発における肝となっているのが、ダブルスプリットでも搭載された、A.ランゲ&ゾーネが特許を取得するアイソレーター機構だ。
「ラトラパンテ機構の計測時間を延長するにあたって、大きな問題となるのが、“いかにしてエネルギーを捻出するか”ということです。一般的なラトラパンテ機構では、このラトラパンテ針が停止しかつクロノグラフ針が動いている状態では、ラトラパンテ針のみレバーによって押さえています。しかし、この状態は、常に摩擦が生じているため、多くのエネルギーが消費されてしまっているのです。これに対してA.ランゲ&ゾーネの特許技術であるアイソレーター機構は、特殊な構造によって、押さえるのではなく、パーツを切り離してしまうことで、一切の摩擦を回避するという仕組みです。そもそもこのアイソレーター機構が生まれなければ、ダブルスプリットも生まれなかったと言えるほどに、重要な機構です。なお、トリプルスプリットでは、アイソレーター機構をセンターホイールとミニッツホイールに装備しており、アワーホイールには装備していません。なぜなら12時間積算計は比較的ゆっくりと回転し大きなトルクが得られるため、摩擦損失は極めて小さいからです」
 アイソレーター機構は消費エネルギーを抑えるというメリットだけでなく、従来のスプリットセコンドであれば避けることのできない振幅の低下をも回避する。つまり歩度の安定性に悪影響を与えないというメリットももらたしている。
 

アイソレーター機構の拡大模型
アイソレーター機構の拡大模型
アイソレーター機構の機構図
アイソレーター機構の機構図

 

 さらにこの日、ロバート氏は、クロノグラフムーヴメント組み立てのデモンストレーションも行ってくれた。
「このクラッチレバーを見てください。私がクロノグラフで最も美しいと感じるパーツです。実は、直線的な形状でも動作自体に支障はないのですが、ランゲではあえて曲線的なフォルムを採用し、美観を追求しています。自社でムーヴメントの設計から製造までを行っているからこそ可能な、ランゲのクロノグラフムーヴメントを象徴するパーツと言えるのではないでしょうか。コンプリケーションの組み立てはランゲの時計師にとっては憧れでもあるんです」
 

クラッチレバー
ランゲのクロノグラフに採用される曲線的なクラッチレバー

 
 特別に許可を得て、筆者も直径1㎜以下のチラネジをテンワにセットする作業を体験させていただいたが、なかなかセットできないばかりか、力みすぎてネジを折ってしまうという始末…。どうやら時計師としての才能はなさそうだ。
「優れた時計師に必要なのは技術的な理解度はもちろん、時計に対する情熱、そしてなによりも忍耐力が必要だよ」
 
 95%以上という極めて高い内製率に加え、職人たちによる手作業の仕上げ、より完璧な動作を追求した2度組み、そして個性的なメカニズム。ドイツ時計界の最高峰と称されるA.ランゲ&ゾーネの真髄は、ムーヴメントに詰まっているのだ。
(文◎堀内大輔/インタビュー撮影◎永躰 侑里)
 

ロバート・ホフマン
デモンストレーションを行ってくれたロバート氏
チラネジ作業
チラネジのセットに挑戦した筆者

 

問い合わせ:A.ランゲ&ゾーネ TEL.03-4461-8080
www.alange-soehne.com/ja

 

2018.04.23 UPDATE