ユンハンス本社取材レポート①
ユンハンス本社取材レポート①
再建の道を歩み始めた
ドイツの名門ブランド
1903年にはクロックの年間製造数が300万個以上に達し、最盛期には6000人もの従業員を擁して世界最大の時計メーカーへと躍進したドイツの名門ユンハンス。拠点を構えるシュランベルクでは、ビルの壁面に描かれたユンハンスウオッチの宣伝広告や随所に設置された時計塔など、同社とともに一大時計産業の街として発展したその名残りをいまもうかがわせている。
しかし、そのアドバンテージは2度の世界大戦とスイスブランド勢の躍進によって年々失われていった。1956年に創業家の手を離れた後、遂には2009年当時の親会社であったエガナ・ゴールドファイルの倒産により、経営破綻に追い込まれたのだ。
この窮地を救うべく立ち上がったのは、同社に部品供給を行っていたサプライヤーをはじめ、ユンハンスとともに発展したシュランベルクの市民たちだった。当時の市長は、かつて地域最大だった雇用主のために最良の投資家探しを支援。そうして新たなオーナーとなったのが、シュランベルクの名誉市民であり企業家のハンス-ヨッヘム・シュタイム博士である(同氏は世界的なスプリングメーカーのケルン・リーバース社のオーナーでもある)。こうして同社は創業地であるシュランベルクに留まり、再建の道を歩み出した。同年3月のことである。
現在の主力はエアハルト、マイスター、マックス・ビル、そして電波クォーツのシリーズで、機械式とクォーツのシェアは約半々。年産は約6万個で従業員数は120人と、かつての規模にはまだ及ぶべくもないが、再建以来、売り上げは黒字に転じ、2015年は9.9%の成長率を示すなど順調だ。
ここで興味深いのは、実は再建前から戦略を大きく変えていないという点である。破綻の一因が親会社の破産であったことを鑑みれば、その判断にもうなずけるが、ほかにももっと具体的な、ユーザーを引きつける“なにか”があるに違いない。今回、幸いにも本社取材の機会をいただいた。そこでユンハンス再建の鍵となる“なにか”を改めて探りたいと思う。
ユンハンス社が持つ最も大きなアドバンテージが、155年に及ぶ歴史と伝統だろう。長年培った時計製造のノウハウがいまに生かされていることは言うまでもなく、1930年代に誕生したマイスターシリーズは、その意匠を受け継いだ現行コレクションが主力にもなっている。56年にはクロノメーター機の生産数世界3位という実績も残し、さらにその史上では、様々な革新的技術も生み出してきた。ドイツ国内でいち早くクォーツウオッチの試作品を発表するほか、世界で初めて電波クロックの市販品を発売したのもユンハンスだ。
なかでも地元住民との密接な結びつきはなによりも貴重な財産と言えるだろう。地元には“ユンハンスとはシュランベルクであり、シュンランベルクとはユンハンスである”という言葉が残るほどである。先述したように、破綻の際には同社の救済に市が協力しているし、また2011年には篤志(とくし)家によってミュージアムも設立された。この規模のメーカーでミュージアムを有するのは希だろう。
同社の歩みは、同時に街の歴史そのものであり、また時計史においても欠かすことのできない多くの功績を残しているのだ。(文◎堀内大輔)
2018.04.06 UPDATE