ユンハンス 本社取材レポート②
ユンハンス本社取材レポート②
いまも受け継がれる
ユンハンススピリッツ
2009年にユンハンス社の新たなオーナーとなったシュタイム博士は、経営陣を含むそれまでの従業員をそのまま採用した。
現CEOのマティアス・ストッツ氏は破綻当時から同職を務め、再建の鍵を握るキーマンだ。
「かつてユンハンスは自社で機械式ムーヴメントの開発も行うほど高い技術力を有していましたが、1970年代のクォーツショックを機に、製品の主力を機械式からクォーツ時計へと切り替えていきました。機械式が復権したいまとなっては、その判断が100%正しかったとは言い切れないかもしれませんが、これは雇用を守るための決断だったのです。当時、当社でもクォーツ式の開発は進められていたため、業界をリードすることができたのです。クォーツ式の誕生は腕時計に新たな可能性をもたらしました。後に完成した電波式ウオッチもその結果のひとつです。“高い技術レベルをもって新しい技術を開発していく”というスタンスは、ユンハンス社に受け継がれている精神とも言えるのでしょう。私自身、CEO就任以来、この精神を常に意識し、実践してきました」
シュタイム博士が再建に際して経営陣を残したのは、このユンハンススピリッツに成功を見出だしたからであろう。
満足度を優先した販売戦略
ユンハンスが近年最も力を入れているのが、電波ソーラーのジャンルだ。現在、本社のあるシュランベルクに製造の拠点をすべて移し、かつては他社からの供給を受けていた電波クォーツムーヴメントも設計から組み立て、完成にいたるまでを自社内で行っている。世界で初めての電波時計を完成させた同社では、いまだこのジャンルにおいて大きなアドバンテージを持っており、電波ソーラーのラインナップの充実ぶりは機械式に並ぶ勢いだ。
しかし、一方で「これまでに培ってきた機械式の技術力についてもまだまだ失われていない」。そう言ってストッツ氏が見せてくれたのは、2008年に12本のみ販売されたリミテッドモデルに搭載されたCal.J325である。
セイコーインスツル製ムーヴメントに徹底的なモディファイを施し、カール・ハース製のヒゲゼンマイを装備した手巻きムーヴメントで、さらにリミテッドモデルにふさわしく地板には優美な装飾が施されている。特徴的なのは両持ちのテンプ受けにある耐震装置を支点とした独自の緩急針を持つ調整機構だ。またゴールドシャトンや4分の3プレートといったグラスヒュッテ流の手法を取り入れている点もおもしろい。ともあれ、このムーヴメントで同社の存在感を改めてアピールできたことは間違いない。
「155年の歴史を持つ当社で製造した時計の総数は5億個に達します。これだけの数を製造して蓄積されたノウハウはいまも受け継がれているのです」
このような優れた技術力を有するユンハンスだが、一方現在、機械式モデルに搭載されるのはETA社やセリタ社製のエボーシュが中心だ。その理由をストッツ氏はこう語る。
「ユンハンスウオッチは、良い品質とデザインを追求しており、さらに伝統という付加価値も加わります。こうした価値に対して手頃な価格であることをモットーとしているのです。そのため、プライスゾーンを300〜2500ユーロに設定し、満足度の高い時計を提供しています。自社で機械式ムーヴメントを開発することも不可能ではないでしょう。しかし、そうするとこのプライスゾーンよりも高額になるうえに、現状では量産して利益を得るためにはまだまだブランド力が小さすぎる。もちろん将来的にはこれもひとつの目標としていますが……」と冷静に分析しつつも、将来もしっかりと見据えている。
ユンハンスが長い年月をかけて培った知識と経験。さらにストッツ氏の情熱とバイタリティーを間近で触れた筆者の感想を言えば、この目標が達成される日はそう遠くはないと感じる。(文◎堀内大輔/写真◎神戸シュン/取材日◎2016年2月)
2018.05.25 UPDATE