生粋のドイツ時計 モリッツ・グロスマン物語 第7回
MORITZ GROSSMANN
モリッツ・グロスマン
生粋のドイツ時計 モリッツ・グロスマン物語
第7回
シンプルにして完璧を目指すウオッチメイキング④
完璧主義を体現する
自社製造の「テンワ」と「針」
これまで「シンプルにして完璧を目指すウオッチメイキング」と題して、「設計」、「パーツ製造」、そして「パーツの仕上げ」とモリッツ・グロスマンの時計製造について順を追ってみてきたが、今回はグロスマンの自製パーツのなかでも特に同社がこだわりをもつ「テンワ」と「針」についてみていくことにしたい。
テンワとは、時計自体の高い精度を保つために最も重要となるパーツである。そのためどんな高級時計メーカーも専門のサプライヤーから購入するところがほとんどだ。その理由は、自社で調整を行なったことでバランスが崩れてしまい、精度が出なくなる恐れがあるからだ。しかし、モリッツ・グロスマンはそんなテンワでさえも独自性を貫く。あえて自社で製造し、磨きを入れ、しかも重さのバランスも取っている。つまり、それだけ高い技術力を有しているということが言えるだろう。
また、モリッツ・グロスマン製のテンワは、直径14.2mmととても大きい。ある意味、19世紀の古典設計を旨とする同社のムーヴメントを特徴づける重要なパーツのひとつでもあるのだ。
写真はアトゥムやテフヌートなど第2世代機以降のムーヴメントから採用された自社製テンプである。それまで外周のすべてにあったチラネジを廃し、テンワの少し内側に入れた2箇所に集約させた。そうすることで、スペースができるためテンプ自体の直径を大きくし慣性を高めた。同時にチラネジによって発生していた空気抵抗を極力抑えて精度を安定させることにも成功している。つまり、毎時1万8000振動に大きなテンワという古典設計でありながら、高い精度を保つ技術的な工夫がもたらされたというわけだ。しかし裏を返せば、その設計思想を貫くためにはテンワを自社で作るほかなかったということも背景にはあるのかもしれない。
なお、精度の調整はネジ山をプラスに切った中央のネジ(2カ所)で行われる。この整備性の高さも自社製だからこその大きなメリットと言えるだろう。
続いてモリッツ・グロスマンのアイデンティティとも言える「針」に注目してみたい。テンワと同じように針も自社で製造するメーカーは極めて少ないパーツのひとつだ。事実グラスヒュッテでは唯一モリッツ・グロスマンだけである。
針は常にユーザーの目に触れ、デザイン的な意味からしてもとても重要視されるためかなりの完成度が要求される。そのためモリッツ・グロスマンでは針1本に3時間、時針、分針、秒針の計3本分だとまる1日かかるというから、その作りへのこだわりようは半端でない。
針の素材に使われているのは鋼を使ったスチール針とステンレススチール針(このステンレス針にはセラミックをインサートしたハイセラム針もある)の大きく二つある。そしてもちろん、それぞれの素材に合わせた違う仕上げが施されている。
その製造工程を詳しく見ていくと、まず、ワイヤーカット放電加工機を使って、各素材から針の形に荒く切り出される(写真❶)。次に本連載の第5回でも紹介したが、素材自体をさらに硬く強度を出すために、オーブンに入れて焼き入れ、焼き戻しが繰り返し行われる(写真❷)。
焼き戻しされた針は次に成形作業に移るわけだが、ここからがまさにモリッツ・グロスマンの真骨頂。あの立体的でかつ柔らかなフォルムで構成された美しい針の造形は、タイヤモンドヤスリ(写真❸)やペーパーヤスリ(写真❹)など複数のヤスリを使い分けながら、針だけを専門とする熟練職人が少しずつ手作業で立体的に成形していくのである。きれいなラインは機械でも可能かもしれないが、この細さでしかもしなやかな曲線は、さすがに手作りにしか出せない味だ。
磨き作業に使うMDFディスク(写真❺)は、スチール針は桜の木、ステンレス針は白ブナの木と素材によって変えて表面を完全に磨き出す。ステンレス針の水平面は特別な治具(写真❻)を使って、微細なラップフィルムで荒研磨した後、錫(すず)の平らな板の上に研磨剤を塗布し、ブラックポリッシュが施され、歪みのないきれいな鏡面が作られる。研ぎ澄ました美しさを備えるステンレス針はこうやって生まれるのだ。
一方のスチール針は研磨処理後、一本一本小鍋(写真❼)に入れてバーナーで焼き色を付ける作業が施される。いわゆるブルースチールと同じ手法だが、モリッツ・グロスマンがこだわるブラウンバイオレットと呼ばれる色は、ブルー(約300度)になる一歩手前(約280度)で加熱を止めることで再現できる。つまり、この微妙な加減を見極めて色を合わせていくのだ(写真❽)。そのためこの色合いを出すのはブルーよりもかなり難しい。それにもかかわらず、あえてこの色にチャレンジする。まさにモリッツ・グロスマンのブランドアイデンティティたるゆえんだろう。
そしてもうひとつ。モリッツ・グロスマン製針の素晴らしさは美しさとクオリティだけではない。針の目(写真❾)と呼ばれるステンレススチール製の固定リングもしっかりと手作業で磨き上げられるばかりか、後々のメンテナンスの際に、針の取り外しでカシメが緩んでしまった場合でも、この固定リングのみの交換で済み、針自体は長年使えるようにしている。つまり、アフターに対してもしっかりとメンテナンス性を考慮して作られているのだ。言ってしまえば時計のパーツのひとつにすぎないのだが、まさにここが自社で一から作っているところとそうでないところの違いなのではないだろうか。モリッツ・グロスマンの針には、素晴らしい技術だけでなく作り手の愛情もしっかりと込められているのである。
さて、次回は最終工程となる「組み立て」について取り上げたいと思う。
(文◎菊地吉正)
2018.12.14 UPDATE