ドイツ時計産業の歴史②
スイスとは違うドイツならではの品質規格
ドイツ時計を特徴づける
3大クオリティ基準
3大クオリティ基準
メイド・イン・ジャーマニーの特徴のひとつに、計測に対する厳格さがある。これは時計も例外ではなく、ドイツの時計業界には、詳細な公的規格がいくつか存在する。具体的には、グラスヒュッテ規格、ドイツ・クロノメーター規格、そしてパイロットウオッチの新規格テスタフの三つだ。
それぞれ、原産地表示の規格、精度の規格、そして時計自体の規格と内容はまったく違うが、詳細なデータに基づき、しかも公的機関がお墨付きを出している点が、いかにもドイツらしい。加えてその基準が極めて厳格なのだ。
例えばドイツのクロノメーター規格。スイスではムーヴメント単体で精度を計測するのが通例だが、ドイツではケースに入れた状態で計る。ケースに入れると精度はわずかに変わってしまうが、それを嫌ったため。不合格の場合、ケースからムーヴメントを取り出して調整し、また検査に出さねばならない。手間だが、そこまでやるからドイツの時計なのだ。またパイロットウオッチの基準であるテスタフも、飛行機のコクピットが壊れた状態を想定して、マイナス13℃からプラス55℃という広い幅で精度が計られる。
いまや、機械式時計は趣味の物と思われている。しかしドイツの時計メーカーの多くは、いまなお時計を工業製品と見なし、工業製品と同じ基準で見ている。近年ドイツの時計が人気を得るのも、こういった厳格さを思えば当然だろう。
GLASHÜTTE I/SA グラスヒュッテ規格
グラスヒュッテのメーカー
だけに与えられた称号
【ブランドのロゴに併記される原産地証明】
グラスヒュッテ製の時計には、メイド・イン・ジャーマニーを超える厳しい規格が与えられている。それがグラスヒュッテ規格だ。明文化されている基準は以下の通り。「製造と手間を含めて、グラスヒュッテでの作業がムーヴメント原価の50%以上であること」。これはおおむねメイド・イン・スイスの基準に同じだが、各社はさらに厳密な運用をしている。
その例が、4分の3プレートと精密な調整である。むろんこういった要素は、グラスヒュッテの伝統だ。しかしスイスからムーヴメントを買った場合、ここまで手を入れないとグラスヒュッテでの作業の比率は、原価の50%以上まで高められないのである。
グラスヒュッテの時計に明確な個性をもたらした、グラスヒュッテ基準。関係者曰く、今後さらに進化させる予定というから、その未来がいっそう楽しみだ。
CHRONOMETER クロノメーター
ドイツが独自に制定した
クロノメーター検定
高精度な腕時計の証がクロノメーターである。スイスでは当たり前になったこの規格を、ドイツの時計産業も再び採用するようになった。
ドイツでクロノメーター再興の試みが始まったのは、1989年のこと。ドイツ最大の時計販売店であるヴェンペ社主のヘルムート・ヴェンペ氏が、機械式マリンクロノメーターの再生産に乗り出したのがきっかけだ。ヴェンペのルーツであるマリンクロノメーター。そこに関わりを持った同社が、腕時計にもクロノメーターを広げようと考えたのは当然だろう。しかしクロノメーターの検定を行える場所は、もはやスイスにしかなかった。そこでヴェンペの主導により、2006年には、ドイツ・クロノメーター検定制度が再びスタートすることになった。とはいえ、検定自体は公的なものだ。事実、規格の制定には国立物理標準研究所や、チューリンゲン州度量衡管理局、ザクセン数度量衡管理局などが携わっている。
ドイツのクロノメーター規格は、基本的にスイスのそれと同じで、5姿勢、3温度(8℃、23℃、38℃)で15日間テストする。精度は、ムーヴメントの直径が20㎜以上かつ表面積が314㎟以上の場合はマイナス4秒からプラス6秒、20㎜未満かつ表面積が314㎟未満の場合は、マイナス5秒からプラス8秒である。
ただしドイツの検査は、スイスのそれと少し異なる。スイスがムーヴメント単体で検査するのに対して、ドイツはケーシングされた状態で行うのである。より完成品に近い形で測定するのは、いかにもドイツ人らしい、といえるだろう。
もっとも、検定所のキャパシティーは年に6000本と、年間に百数十万個もクロノメーターを通すスイスに比べれば、規模は大きくない。しかしいまのドイツ時計産業の勢いを考えれば、ドイツのクロノメーターは嵐を呼ぶ可能性がある。
TESTAF テスタフ
明確に定めた世界で唯一の
パイロットウオッチ規格
多くのメーカーが好んで使う、パイロットウオッチという言葉。実のところ、この言葉に明確な定義はない。ドイツの基準、テスタフを除いては、だ。発案者は、ジン社長のローター・シュミット。彼は「なぜパイロットウオッチには、ダイバーズウオッチのような公的な基準がないのか疑問だった」と語る。
ジンはパイロットの分野では有名なアーヘン単科大学に相談を持ち込み、以降両者は、一体何がパイロットウオッチの規格なのかを検討していった。結局まとまった定義は、極限状態でも使えるというものだった。具体的には大きく四つある。それは、コクピットが急激に減圧しても風防が外れないこと、精度を測る温度にマイナス15℃、プラス23℃、そしてプラス55℃と幅を持たせたこと、ジェット燃料を被ってもパッキンが傷まないこと、そしてあえて耐磁用のケースを省いたことだ。
普通、パイロットウオッチの多くはケースの中に耐磁ケースを収める。しかし耐磁ケースはむしろ問題を起こす理由になるという。
規格の制定に携わったジンのアーノ・ガーベルはこう語る。
「耐磁ケースが少しでも残留磁気を持っていると、航空用のコンパスをわずかに狂わせてしまい、役割を果たさなくなる。だからテスタフの基準ではあえて耐磁ケースを廃した」とのこと。
極限状態を考慮して制定されたパイロットウオッチの新規格、テスタフ。こんな規格を支持するメーカーがあるのかと思いきや、ドイツの工業規格に選ばれたという。2016年3月、このテスタフを基礎として、ドイツ工業標準化協会(DIN)が規定する新たなパイロットウオッチ規格としてDIN8330が制定された。