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ドイツ時計産業の歴史③

 

機能主義の精神はどのように影響したのか

バウハウスデザインと
ドイツ時計

 
バウハウス
 

20世紀初頭にはじまった
機能主義というデザイン思想

 

 ドイツ製品の魅力とは何だろうかと考えたときに、製品に対する信頼性もそうだが、それ以上に洗練されたデザインを思い浮かべる人は少なくない。恐らくは、それを強く意識させたのが20世紀初頭にドイツから始まったデザイン運動〝バウハウス〟であろう。つまり〝バウハウスデザイン=洗練されたデザイン〟という潜在意識がプラスイメージとして日本人の根底に少なからずあるからにほかならない。こと時計に関しては特にその想いが強く出る製品と言えるかもしれない。
 
 では、このバウハウスというデザイン理念はドイツ時計のデザインにどのように影響を与えたのだろうか。雑誌「ドイツ腕時計」の3号ではこれをテーマにした大特集を組んで紹介しているので詳しくはそちらで読んでいただくとして、ここではその内容を要約して紹介させていただく。
 
 そもそもバウハウスとはどのようなものなのかをおさらいすると、1919年にドイツ、ワイマールに設立された建築と美術に関する国立総合芸術学校のこと。美術基準と技術基準を同時に満たすデザインを目指すことを教育理念に、〝シンプルかつ美しい造形〟〝大量生産を前提とした知的な設計〟そして〝高い機能からくる合理性〟などの指針を打ち出した。なんだか難しそうだが、端的にいうと機能に則した形態が最も美しいとする〝機能主義デザイン〟をデザイン的な理念として提唱したものだ。
 
 実際に、このバウハウスの理念に基づいて生み出された当時の作品の多くは、いま見ても古くささは微塵も感じない。それほど洗練されていて美しい。つまり、それだけバウハウスのデザイン思想には先見性があり、時代の変遷に左右されないデザインを目指していたことがわかる。
 
 時計のデザインについては、ドイツ腕時計3号の46ページに時計ジャーナリスト広田雅将氏(現クロノス編集長)はこう記述している。「変化が訪れたのは、1930年代以降である。いくつかのメーカーが腕時計の量産に成功し、外装には錆びにくくて丈夫なステンレススチールを用いるようになったのである。大量生産と新素材。バウハウスを可能にした二つの要素は、必然的に、ドイツ時計のデザインにバウハウス的な要素を与えることになった。〈中略〉もっとも、30年代に始まった〝バウハウス的〟なデザインへの取り組みは、体制に影響を与えるほどの広まりを持たなかった」
 
 バウハスの精神に則り、機能に沿って無駄なものを廃し、ミニマルなデザインを志向したと思われる時計は、30年代に登場したストーヴァだけではなくA.ランゲ&ゾーネにもあったことが正式に確認されている。しかし、その数は決して多くはない。そう考えると時計産業には、当時の建築や家具、アートのような明確な変化はもたらさなかった。しかしながら、現在のドイツ時計には、バウハウスを理念に掲げているかは別として〝機能主義デザイン〟が根底にあることだけは確かだと感じる。
 

ストーヴァのバウハウスタイム

1930年代に製造されたと言われるフォルツハイムにある時計メーカー、ストーヴァのバウハウスタイム。40年頃には何んとA.ランゲ&ゾーネにも同様のデザインが存在した。(画像提供:TiCTAC)

 
 

機能主義を時計で具現化した
バウハウス最後の巨匠

 

 1962年、バウハウスデザインを明確に打ち出した時計が誕生する。その時計メーカーは、当時ドイツ最大の時計メーカーだったユンハンス。そしてデザインを手がけたのは、バウハウス最後の巨匠と呼ばれた建築家であり画家でもあるデザイナーの〝マックス・ビル〟である。
 
 マックス・ビルは、27年に最も絶頂期にあったデッサウ時代のバウハウスに入学。グロピウスやガディンスキーといった当時最高峰のデザイン教授たちのもとで学んだ。その後55年にはウルム造形大学の初代学長となり、ナチスの台頭により33年に閉校を余儀なくされたバウハウスのデザイン教育を継承するべく尽力した。そして、多くの作品を通して機能主義に基づいたデザインを提唱。現代建築やデザインに強い影響を与えている。マックス・ビルがバウハウス最後の巨匠たるゆえんである。
 
 マックス・ビルがデザインを手がけたユンハンスの時計は、ちょうどウルム造形大学時代に作られている。ウルム造形大学で学びバウハウスデザインを継承する著名なプロダクトデザイナーは多いが、実際にバウハウスで学んでいるマックス・ビルが手がけたそれは、まぎれもなくバウハウスデザインを具現化した唯一の時計と言えるだろう。
 
 ユンハンスの依頼で彼が学生たちと最初に手がけたのはキッチンクロックだった。腕時計(スケッチ)はその後62年に作られている。どちらも無駄な装飾などは一切なく極めてシンプルだが、そのぶん美しいフォルムにこだわるなどデザイン性はかなり高い。加えて時計としての機能を重視していることもしっかりと伝わってくる。まさに機能主義デザインを体現する作りだ。
 
 この時計は97年に復刻され大ベストセラーに。現在もマックス・ビル バイ ユンハンス名でリリースされている。

 

マックス・ビル
アトリエでデザイン作業にいそしむマックス・ビル。94年に没する直前まで積極的に新しいデザインに取り組んでおり、後進にも強い影響を与えている
ドイツ・クロノメーター認定書
マックス・ビル コレクションのデザイン画。時計としての視認性を重視しながらも繊細で柔らかな印象を受ける。現行のマックス・ビル コレクションもほとんど当時と姿を変えていない

 
ストーヴァのバウハウスタイム

腕時計の原型は、学生たちともに製作に携わったキッチンクロックだった。身の回りにあるごくありふれた素材をデザイン的に昇華させることこそ、バウハウスの極致ともいえる