A.ランゲ&ゾーネ本社CEO ヴィルヘルム・シュミット氏インタビュー
A.LANGE & SÖHNE
A.ランゲ&ゾーネ
本社CEO ヴィルヘルム・シュミット氏インタビュー
「スタッフの成長や学ぼうとする
姿勢が見えてきたことが
1番嬉しいですね」
去る10月下旬にA.ランゲ&ゾーネの本社CEO、ヴィルヘルム・シュミット氏が来日。多忙極めるスケジュールのなか、GERMAN WATCH.JPのためにインタビューの時間を割いてくれた。そこで、2011年に就任してから現在までをどう捉え、そしてまた今後の展開をどう考えているのかについて聞いた。
——— A.ランゲ&ゾーネは、いまや世界の時計業界を牽引するブランドのひとつに挙げられる大きな存在だと思います。2011年にCEOに就任されて、まず目指したものはなんだったのでしょうか。
「私が就任したタイミングで、実は大きく三つの課題が与えられました。そのうちのひとつ目がブランドをよりグローバルに、世界に向けて発信していくということ。二つ目が、国ごとの展開において、アプローチの仕方をブランドとして一貫性を持たせること。そして三つ目が、製品開発をより強化し、ブランド力をこれまで以上に向上させるということでした」
——— 二つ目に挙げた「一貫したアプローチ」とはどのようなことですか。
「簡単に言うとA.ランゲ&ゾーネのブランドイメージの訴求が、国によって微妙に異なっていたということです。昔ながらの手法を継続してやっているところもあれば、新しい手法を使っているところもある。つまり、グローバルにみてマーケティングやコミュニケーションが統一されていないと感じました。そのためイベントやPRなど、媒体での見え方も含めてブランディングを軌道修正する必要があったわけです。A.ランゲ&ゾーネというブランドイメージがどの国においてもぶれることなく理解されるようにです」
——— では、そのために最初に着手したこととは。
「まずはブティックのコンセプトを刷新しました。店内での商品の見せ方、いわゆるビジュアルマーチャンダイジングのコンセプトを統一したものにしたのです。さらにこの新しいコンセプトが各国ごとにきちっと徹底される。そんな強いチーム、組織づくりにもメスを入れました」
——— 三つ目の製品開発についてはどのように強化したいと考えたのですか。
「お客様には、時計コレクターのように高額な時計をお買いになるようなお客様もいれば、時計が好きだけど、そこまでのお金を時計にかけられないというお客様も当然いるわけで、それぞれ異なるマーケットのお客様に対して少しでも満足してもらえるよう、幅広くお客様のニーズや要望を聞きながら、それに対して、少しでもお応えできるような新作を提供できるよう、しっかりと整えていこうと考えました。
また、正攻法じゃなく変化球。やっぱりA.ランゲ&ゾーネの時計じゃないと味わえないと感じてもらえるような要素を常に取り入れた時計づくりにも重点を置きました。もちろん、グランドコンプリケーションのような最高クラスだけでなく、比較的お求めやすい価格帯のものまで、クオリティとともに一貫した共通要素としてこのことも開発の根底にあります」
——— これまでブランディングを一から見直してきたわけですが、CEOに就任以降で最も大きなプロジェクトといえば、やはり2015年に完成した新工房だと思います。その建設を決断するに至った理由と、完成して稼働したいま、どのような効果とメリットをもたらしたのか、その点についてお聞かせください。
「まず最初の質問ですが、理由には大きく三つあります。ひとつ目は、新工房が完成する前というのは製造部門が三つの建物に分かれていました。つまり品質管理上において決して理想的な状況ではなかったわけです。少なくとも連動する作業、工程というのがひとつの建物の中で完結させるということが課題でした。
二つ目の理由は単純な話、老朽化です。かなり年月も経っていましたので現代的な労働環境を満たすには構造的にも難しかった。例えば埃とか塵などの心配もありましたし、室内温度や湿度についても衛生管理上重要なことです。こういった管理を行うためにはちょっと建物が古くなりすぎていたのです。
そして三つ目ですが、社内でスタッフ同士のコミュニケーションを向上させたかったということです。建物があちらこちらに分かれていたりするとコミュニケーションも取りづらいですから。理想はひとつのフロアで、みんなの顔が見えるところで仕事すると、お互いに協調性というものが高まると同時に、学びの姿勢や向上心も上向きます。こういったこともすごく大事だと感じました。
そして、それから3年が経ちましたが、いまの印象としては、明らかに労働環境は改善されましたし、社内のコミュニケーションも活性化したと感じています。もちろん、1箇所に生産体制が整ったことで効率化という点でも改善されました。そして何よりも、スタッフが成長したり、学ぼうとする姿勢が見えてきたことが1番嬉しいですね」
——— 三つの課題に対してはある程度達成したようにも思われますが。
「就任時に課せられたこれら三つの課題については、ミッションとして完全に成し遂げたとは決して思っておりません。その理由は、いまもこれからも世界的な環境や経済も含めてどんどん時計市場を取り巻く状況は変わっていきます。そのため、これは私の個人的な意見ですが、課題に求められる要求レベルもどんどん高くなっていくものだと思っています。ここまでできたから終了ということではなく、常にその変化に対応していきなから、さらに上を目指していかなければならないものだからです」
——— 新工房完成の年に「新生ランゲ1」を発表しております。実に21年ぶりの新ムーヴメントとなったわけですが、20年以上もの長い間リニューアルをしなかったのはどのような理由からですか。
「新しいランゲ1の開発と新工房の建設がほぼ同じタイミングだったのはまったくの偶然です。そもそも旧ムーヴメントは非常によくできていました。そのため、わざわざ改良を加えて新しくするニーズがなかったということが1番に挙げられます。事実、リニューアル自体の話しが浮上してきたのはかなり時間が経ってからだったのです。そして、そのためのプロジェクトを発足したのですが、まあ、私が言うのもなんですが、大きい組織ではないため、キャパシティ的にも新しい案件にはどうしても時間がかかってしまう。しかも開発にはマンパワーも必要ですからね。つまり、正しくは時間がかかったのではなく、年月かけて取り組まなくてはいけなかったということなのです」
——— リニューアル自体の話が浮上してプロジェクトが発足したのは、どのタイミングだったのですか。
「実はムーヴメントのキャリバーナンバーを見ていただくと、そこにはそれがわかるロジックがあリます。「Cal.L121.1」つまり本当にオフィシャルになったのは2012年です。つまり、完成までに3年かかったということになります。確かに最初のランゲ1の発表から実に18年後ですから、遅いといえばそうかもしれませんね」
——— 最後に、来年1月で就任9年目に入りますが、これから目指すものとはなんですか? プロダクト面(製品開発)とマーケティング面、それぞれについてお聞かせください。
「特に製品開発に関しては、冒頭にもお話ししましたが、とにかくお客様を驚かせたい、サプライズさせたいということを常にモットーとしております。それをいま、私がほんのちょっとでも言ってしまうと、もうそれはサプライズではなくなってしまいます。そのため残念ながらこの質問にはお答えできないのです。ほんと申し訳ありません」
今回、初めて直にお会いし話を聞いて感じたことは、まさに沈着冷静。質問に対してはぶれることなくしっかりと答えてくれるものの、聞かれたこと以外の余計な話はしないという印象を受けた。そのため、最後の「これから目指すもの」という質問についてはキッパリ。切り口を変えて再度聞いてみたのだが「これもやっぱり最後の質問に関連するので」と答えてくれなかった(笑)。ただひとつ、趣味だというクルマの話になると一変。とても柔らかな表情で、スマートフォンに収録された、現在所有してドレスデンの自宅にあるという4台のクラシックカーの写真を筆者に見せながら、楽しそうに説明してくれたのがとても印象的だった。
(取材・文:菊地吉正/写真◎笠井 修)
2018.11.22 UPDATE