特別連載 「時計産業の聖地を作り上げた名門ランゲ一族の系譜を辿る」③
特別連載 「時計産業の聖地を作り上げた名門一族の系譜を辿る」
第3回
グラスヒュッテの名声を世界に広げた
F.A.ランゲの息子たち
1842年に結婚したフェルディナント・アドルフ・ランゲとアントニア・グートケスは7人もの子宝に恵まれた。
このうち、リヒャルトとエミールという2人の息子が父と同じ時計師への道を進んでいる。68年には兄のリヒャルト・ランゲが会社の経営に参加(エミール・ランゲは71年)。これに伴って、社名が日本語で“A.ランゲと息子たち”を意味する“A.ランゲ&ゾーネ”へと変更されている。
73年には本社兼工房を新たに建設し、生産体制をいっそう強化するも、その2年後の75年12月にF.A.ランゲが60歳で死去する。
2代目ランゲの時代
フェルディナント・アドルフ・ランゲ亡き後、会社は共同経営者となっていたふたりの息子、リヒャルト・ランゲとエミール・ランゲに引き継がれた。
時計設計技師であると同時に優れた科学者でもあったリヒャルト・ランゲと、商才に長け美的センスにも優れていたエミール・ランゲのコンビは理想的だったという。
時計の設計に科学研究の成果を取り入れていった兄リヒャルト・ランゲは、在命中27件もの特許を取得するなど、旺盛な発明精神の持ち主であり、製作技術の発達を強力に推し進め、精度の向上に貢献。ドイツ時計の国際的評価を高めた立役者だ。彼の発明のなかで最もよく知られているのが、晩年(1930年)に取得した時計用ゼンマイに関する特許である。
これは、ベリリウムを添加した合金には時計の歩度を改善する効果があるというもので、“時計ゼンマイ用金属合金”(特許529945号)という名称で特許公報に記載されている。
実はこの発明に基づき後年開発されたのが、今日の高級機械式時計の多くで採用されているニヴァロックス社の合金(ニヴァロックス合金)である。
こうして国内外での名声を高めたいったA.ランゲ&ゾーネの評判は、当時のドイツ皇帝ヴィルヘルム2世の耳にも届くことになる。
1898年に皇帝がオスマントルコ帝国を公式訪問した際に贈呈されたのが、特別に製作されたランゲ製の懐中時計であった。最高品質に位置付けていた“1Aクオリティ”のこの懐中時計は、ケースの表ブタにエナメルで描いた皇帝の肖像画がダイヤモンドで縁取られ、裏ブタには皇帝の冠とダイヤモンドがセッティングさせた、芸術的な仕上がりとなっていた。
他方、芸術的な分野で才能を発揮したのが、次男のエミール・ランゲである。彼は1900年に行われたパリの万国博覧会で審査員を務めると当時に、“百年紀記念トゥールビヨン”を発表。巧妙な設計に加え、イエローゴールド製ケースの表ブタに描かれたエナメル細密画の美しさでもパリ万博の来場者を魅了。その功績を讃えられてフランスの勲章レジョンドヌール騎士十字章を受賞している。
また、1902年にはウィーンのハインリッヒ・シェーファーという人物からの依頼で、A.ランゲ&ゾーネの歴史上最も複雑なムーヴメントを搭載するグランド・コンプリケーションNo.42500を製作。技術力と芸術性の高さを示している。
大小のハンマー打ち機構(グランドソヌリとプチソヌリ)、ミニッツリピーター、ラトラパント・クロノグラフ、フドロワイヤント、60分積算計、さらにムーンフェイズ表示付きの永久カレンダーを備えたムーヴメントは洋銀製で品質等級1A。グラッフ・エングレービングと呼ばれる浮き彫りのハンドエングレービングを施した美しいゴールドのサボネットケースに収められた懐中時計である。
フェルディナント・アドルフ・ランゲがグラヒュッテに時計会社を設立した1845年から50年。その間には彼の弟子たちによって多くの時計メーカーやサプライヤーが設立された。それに伴って雇用の数が増え、ささやかながらも裕福と言える時代がグラスヒュッテの街に訪れた。
彼の死後、事業を受け継ぎ、グラスヒュッテをドイツ時計産業の中心地としてさらに発展させたのはF.A.ランゲの息子たちの功績だろう。
1870年代から1920年前半にかけて、A.ランゲ&ゾーネをはじめとするグラスヒュッテ時計産業は最盛期を迎えたのである。
20世紀初頭までのグラスヒュッテの主要時計メーカー設立年表
<Close Up Collection>
視認性と精度を追求したコレクション
18世紀から19世紀にかけては、数多くの著名な科学者や研究者、探検家が活躍した時代でもあった。こうした航海や科学観測には、高精度で視認性に優れた時計が欠かせず、A.ランゲ&ゾーネはそうした目的に適う時計を開発にも積極的であった。そうして製作されたのが、チェーンフュジー機構を搭載する科学観測用のクロノメーター懐中時計やデッキウオッチである。
こうした時計の開発に一族なかでもとりわけ熱心だったのが、2代目のリヒャルト・ランゲだ。
そして今日、時間計測技術の発展に先駆的役割を果たした敬意の証しとして、リヒャルト・ランゲの名を冠したコレクションが展開されている。
【第4回へ続く】
過去の記事
第1回 ドイツ時計産業の聖地へと発展した街
第2回 グラスヒュッテ時計産業の祖 F.A.ランゲ
協力◎A.ランゲ&ゾーネ
www.alange-soehne.com/ja
2019.08.22 UPDATE