伝統の技法の妙
伝統の技法を駆使した
ハンドエングレーブの魅力
機能や堅牢さだけでは語れない
ドイツ時計の隠れた魅力
ドイツ時計と聞くと、無骨で堅牢な軍用時計か、機能的でクレバーな印象のバウハウスデザインが頭に思い浮かぶかもしれないが、ドイツ時計には軍用時計やバウハウスなど近代に形作られた特徴とは異なる装飾的特徴が存在している。それがドイツ宝飾産業の伝統を継承する高度なハンドエングレービングの技術だ。
もちろん、彫金はドイツ時計だけに見られる技法ではなく、スイスの時計ブランドにも採用されているが、その多くが特殊な旋盤を使うことで規則的な模様を盤面に彫り込むギョーシェ装飾。ハンドエングレーブによる装飾を採用することもあるが、その数はドイツ時計に比べると意外なほど少ない。
そんなハンドエングレーブを時計製作に取り入れた代表的な例が、グラスヒュッテの時計ブランドに多く見られるムーヴメントの受け板やテンプ受けのフリーハンドで仕上げた装飾だ。
グラスヒュッテでは、ゴールドシャトン、角穴車のサンバースト仕上げ、受け板のグラスヒュッテストライプなど、ムーヴメントの付加価値を高める伝統的な装飾がいつくもあるが、ハンドエングレーブによる装飾もそのひとつ。一説にはA・ランゲ&ゾーネの創業者であるフェルディナンド・アドルフ・ランゲの時代からのグラスヒュッテの伝統とされており、往時の懐中時計にも、一定のクラスのムーヴメントにはテンプ受けにエングレービングを施したモデルを確認することができる。
現在も多くのグラスヒュッテブランドが高級機のムーヴメントにエングレービングを施しているが、この装飾は下書きをせずに仕上げることが多く、ひとつとして同じものがないのが特徴。彫金師ごとに独特のクセや特徴が反映されるまさに工芸品なのだ。手彫りならではの繊細かつ力強い質感が時計に工芸品的な美観と付加価値を加えている。
耐久性を高めるために受け板でパーツを固定する4分の3プレートなど、基本的には機能を重視する構造を採用しつつ、機能を損なわない部分に技術を駆使した装飾を施す点も、職人の国らしい仕様といえるだろう。
グラスヒュッテのブランドに見られるムーヴメントの装飾が伝統を受け継ぐエングレービングならば、その技法と美しさを突き詰めて独自に発展させたのがクドケに代表される文字盤にハンドエングレーブを施す手法だ。
クドケは有名ブランドで複雑機構の開発に携わった経験を持つ時計師のステファン・クドケが2007年に創業した新興ブランド。独創的なスケルトンウオッチが特徴だが、特筆すべきなのがその製作スタイル。クドケでは、糸ノコを使って手作業でパーツを肉抜きしたスケルトンムーヴメントに、ハンドエングレービングで装飾を施しているのだ。
そもそもハンドエングレービング自体が失敗の許されない高度な技術を要する技法だが、細く肉抜きされたパーツとなると、その難しさは格段に増してくる。わずかに縁を残しながら適度な深さで彫り込んだ装飾、面取りされたパーツなど、細部を見るほどに、手作業にこだわる職人気質の作りと、ハンドエングレーブの魅力に目を奪われるはずだ。(文◎船平卓馬)
ほかにもある作り手の個性を感じる彫金モデル
芸術性を高める
手作業の精緻な仕上げ
彫金の魅力を凝縮した
独創的スケルトンウオッチ
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